広島地方裁判所福山支部 昭和34年(ヨ)23号 決定 1959年3月23日
申請人 下井佳記 外一名
被申請人 ニコニコ自動車株式会社
主文
被申請人は、申請人下井佳記に対し金一万九千五百六十二円、同森光久好に対し金二万三千五百七十九円、並びに昭和三十四年三月分以降本案判決確定に至るまで申請人下井佳記に対しては日額二百四十一円五十一銭、同森光久好に対しては日額二百九十一円十銭の割合で計算した金額(但し以上各金額から所得税、諸保険料を控除したもの)を毎月二十八日限り仮りに支払え。
申請人両名のその余の申請を却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
理由
申請人両名の申請の趣旨並びに申請の理由は別紙記載のとおりである
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
申請人両名はいずれも被申請人会社の車掌であつたが、昭和三十三年七月三十一日附で被申請人会社から懲戒解雇に処せられたこと、申請人両名は同年八月広島地方裁判所福山支部に右解雇の意思表示の効力停止仮処分申請をなし、当裁判所昭和三三年(ヨ)第八二号事件として審理の結果、同年十二月十日申請人両名に対する前記解雇の意思表示の効力を停止する旨判決が言渡され、該判決は当事者双方に送達されたものであることはいずれも当裁判所に職務上顕著な事実である。
而して解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分命令は、解雇者及び被解雇者を解雇の意思表示のなかつた状態における包括的な地位に復元せしめる効力を有すべきものである。したがつて被解雇者たる労働者が右仮処分命令により労働者たる地位に基き、使用者に対し労務を提供したにも拘らず、使用者が正当な事由なくしてこれが受領を拒否した場合には労働者は民法第五百三十六条第二項により反対給付としての賃金請求権を失わないものというべきである。
今、これを本件について見るに、疎明によると、申請人両名は前記仮処分判決のあつた直後、被申請人会社に出頭し前記仮処分判決に基き被申請人会社に原職復帰、即時就労方を要請し労務を提供したが、被申請人会社は現在に至るまで特段の事由なくして申請人両名の就労を拒否していることが認められる。そうすると申請人両名は被申請人会社に対し賃金請求権をかりに有するものといわなければならない。
そして疎明によると、申請人下井の解雇当時の平均賃金は日給二百四十一円五十一銭、同森光のそれは日給二百九十一円十銭であるところ申請人両名は昭和三十三年十二月九日分までは所属組合から犠牲者救済規定に基き右賃金相当額の救済金の支給を受けていたが、それ以降は支給されておらず、また被申請人会社は終始賃金の支払をしないため申請人両名は生活に脅威を感じていることが認められ、一方被申請人会社は昭和三十四年三月分以降の賃金についても任意には支払をしないことが窺われるので、昭和三十三年十二年十日以降昭和三十四年二月末日までの賃金として申請人下井に対し前記日額の割合で計算した金一万九千五百六十二円、同森光に対し金二万三千五百七十九円及び昭和三十四年三月分以降の賃金(但しいずれも以上各金額より所得税、諸保険料を控除した分)についても前記日額の割合で毎月賃金支払日と認むべき二十八日にこれが支払を命ずる仮処分の必要性があるものというべきである。
申請人両名は右金額の外、昭和三十三年十二月十五日に支給せらるべき越年資金についてもこれが支払を求めているけれどもこの点についてまでの保全の必要性は認められない。
よつて申請人両名の本件申請は、申請人下井に対し金一万九千五百六十二円、同森光に対し金二万三千五百七十九円並びに昭和三十四年三月分以降申請人下井に対しては日額二百四十一円五十一銭、同森光に対しては日額二百九十一円十銭の割合で計算した金額(但し以上各金額から所得税、諸保険料を控除したもの)を毎月二十八日限り、かりに支払を求める限度において正当として認容すべきも、その余は失当として却下すべく、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し主文のとおり決定する。
(裁判官 村上明雄)
(別紙)
申請の趣旨
一、被申請人は申請人下井に対し金二九、六六二円及び申請人森光に対し金三五、三七九円を支払い、且つ昭和三十四年三月以降毎月二十八日に申請人下井に対しては一日につき金二四一円五一銭、申請人森光に対しては一日金二九一円一〇銭、にその月の日数を乗じて算出したる金員を支払え。
二、申請費用は被申請人の負担とする。
との御命令を求める。
申請の理由
一、申請人下井は、被申請人会社の車掌であるが、昭和三十三年四月中、服部広尾線に乗車勤務するため被申請人会社本庄車庫に出勤したが、当日乗務する広二〇二三二号普通車は非常に汚れ、洗車を心要とする状態であつた。ところが洗車は洗車場でしなければならないので車を同車庫内の洗車場に移さねばならなかつたが折悪しく運転者がおらなかつた。一方発車時刻は迫るので運転資格がないにも拘らず、止むなくこの車を洗車場に移動したところ、軽油一斗罐三個を顛倒させ、軽油三〇リットル(価格約七〇〇円)を流出させた。
二、申請人森光は、同年同月四日福山発府中御調、市村経由福山帰着の路線に勤務し、勤務時間は午前六時三十分発午後四時終了となつていたが、花見時であつたので命により臨時運行に備え、同日午後五時三十分まで被申請人会社車庫において待機した後、乗務し終つた広二〇四一号普通車の清掃にかかつたところ、車庫の柱が邪魔になつて窓が掃けないので、この車を若干前進させようとしたが運転手が見つからぬので、自ら運転資格がないにも拘らずこれを数尺前方に移した。そのとき偶々後部車輛の二個並存するタイヤの間に枕木が挾つていて、それが食い込み車輛ドロよけの一部を若干損傷した。
三、被申請人会社は申請人らの右行為を以て就業規則第六〇条、第一〇四条に該当するとし、同年七月三十一日附を以て両名を懲戒解雇した。
四、然し、右懲戒解雇は社会通念より考えても著しく酷に失し、就業規則の不当な適用であり解雇権の濫用である。
と云うのは右第六〇条は「無資格者は車輛の始動又は運転を絶対にしてはならない」と規定し、第一〇四条本文は「従業員にして左に掲げる各号の一に該当するときは諭旨解雇、又は懲戒解雇とする。但し情状により出勤停止又は減給、賠償に止めることがある」と規定し、同条第一〇号には「無資格者にして車輛を運転した時、又は事故を惹起した時」と規定している。
然し申請人らの行為はいづれも車輛清掃という自己の業務のために会社の構内において空車を必要最少限度に動かしたにすぎず、公共の危険を招く恐れは全くなく、別段会社業務に対し特段の支障を与えていない。加え、現場責任者自身が数年来ひんぱんに無資格運転している。
こういう事情を考えると申請人らの行為に対し、些も情状を考えず極刑たる懲戒解雇の措置をとつたのは就業規則の不当な適用であり、解雇権の濫用なのである。
五、そこで申請人らは昭和三十三年八月中、広島地方裁判所福山支部に対し右解雇を無効とし、その効力を停止する旨の仮処分命令を申請した。
これ同庁昭和三三年(ヨ)第八二号解雇効力停止仮処分申請事件であるが、同庁は口頭弁論を開いて審理した結果同年十二月十日、申請人らの申請を容れ、右解雇の効力を停止する旨の判決の言渡をなした。
六 そこで申請人らは即日被申請人会社に対し就業申入をなした。被申請人会社漆川常務は、これに対し、賃金は支払うが就労は拒否すると回答した。然しその後一向に賃金を支払わぬ。そこで申請人らの所属する私鉄中国地方労働組合ニコニコ自動車支部は、本件仮処分をなす前、被申請人会社と団交をなし、前記仮処分判決の実現に伴う賃金支払いなどの交渉を持つたが、被申請人会社は自己の面子を立てるため申請人らを依願退職せしめ再採用することを要求するなど申請人らの到底受諾しえぬ態度を固執し、このままでゆけば前記仮処分判決は無為に帰するのでここに申請人らの賃金と目すべき前記解雇時における平均賃金(申請人下井については金二四一円五一銭、申請人森光については金二九一円一〇銭)によつて算出せる月々の賃金、前記判決が効力を生じた昭和三十三年十二月十日以降昭和三十四年二月末日までの分は申請人下井については金一九、五六二円、申請人森光については金二三、五七九円と更に右計算による月々の賃金を毎月二十八日の賃金支払日に申請人らに支払いを求めることの仮処分命令を得たく本申請に及ぶ。
尚申請人らに支給せられるべき昭和三十三年度の越年資金は一・四カ月分、申請人下井については金一〇、一〇〇円、森光については金一一、八〇〇円であり同年十二月十五日に支給せらるべきところ被申請人会社はこれをも支払つていないのでここにその支払いをも命ぜられたく本申請に及ぶ。